豊かな私になる星読みブログ

皆さま、こんにちは
13番地の魔女の家 京都アグ二の金子元美です。

私の母編をお伝えします。

160829_0833~01

それはそれは気性の激しい女性でした。過去形になっているのは、母の真の姿を見つけたからです。

母は現在、74歳。
田舎の貧しい家に生まれました。トタン屋根に暮らし、両親を助けるために小学校から働き兄弟全員がお金持ちになることを夢見て育ちます。

当時はお見合いがあたりまえの時代。私の父の生家を見て、父を見る前に結婚を決めたそうです。

離れと中庭のある家で優雅に暮らせることを夢見たものの、私の祖母が厳しい人で、嫁は無休で働く女中さんの感覚しか持たない人だったようです。

初孫の私は、べったりと祖母に甘やかされた記憶しかないのですが、母には母屋の部屋に上がることすら許さず、家族と従業員の食事とお世話、それが終われば工場へと駆り出される日々。

母は田舎育ちの純粋培養。
言い換えると無知、何も知らない。

何でも完璧にこなせる祖母からすれば、要領の悪い嫁でしかなかったんでしょう。もともと祖母と折り合いが悪かった父は家出、母は病気になりますが、お金も知恵も何もない状態でしたから、夫不在のまま、姑にコキ使われる暮らしを続けていきます。

恨みつらみが原動力に代わるとき


母は出生図で、行動を示す天体が、これ以上ないほどの激しさとパワーを持ちます。

これを自分で使わないと、死んでしまうくらいのとんでもない要求が外側からやってきます。また死ぬほど働く、働いてしまう。自分が持つエネルギーを自分で使わないと代替え作用が起きて、相手に使わせてしまうのです。

母は自分の持つ力を、祖母に使わせていたのですね。

田舎育ちの純粋な母は、姑との確執によって、このエネルギーを自分の内にため込んでいきました。それが満タンになった頃、自ら行動するという勇気を持ち、私たち姉妹3人を連れて家を出ます。

祖母や父への怒りと恨みが、母を支える原動力でした。
このときの自分の胸の内、かれこれ30年間は聞かされたでしょうか
。この激しい怒りがあったからこそ、ひ弱な母は、母子家庭に踏み出し仕事をしてこれたのだと思います。

人形

家を出て近所でパートに出ましたが、とてもとても家族4人が暮らせることはではできません。ここでも死ぬほど働きます。

そのなかから母はお金を貯め店を持つまでになりますが、ビジネスで権力と支配力を持つ男性と出会い、ノウハウを吸収していきます。
ビジネス
男性とは交際していても、金銭や生活面では一線を引き、野心に目覚めた男そのものでした。

母にとっては子供はいても、家に住まわせていれば勝手に大きくなっていく、そんな感覚しかなかったようで、母子らしい会話を交わした記憶もなく、食卓を囲んだ経験もありません。

姉妹ともに記憶にあるのは、無償で母の都合通りに仕事を手伝わされた日々。私たちにとって母というより、家に住まわせてくれるだけの家主としか思えなかった。

天体エネルギーから読めば、祖母にされたことを、自分が権力を持ったときに同じことをしているだけ。

こうして自分の溜まった恨みを吐き出していたのだろうし、自分の強さを確認していたのかもしれません。

 

人生のメンテナンスは病気となって現れる


もともと虚弱な母は、長年の無理がたたって病気になります。

それでもこれまでのペースで仕事を続けて悪化させる、そんな繰り返しを続けた後に、65歳で仕事を辞める決意をします。

その年に私が20年ぶりの妊娠出産をし、仕事が忙しかったため、毎日自宅まで手伝いに来てもらうことになります。その期間は、休みなく1095日間。その後も、週に3日ほどのシッターを4年間続けてもらいました。

この母と娘と過ごした時間の間に、母のいろんな面を知りました。

鬼の形相しか記憶になかった母の顔が、ゆっくりとやさしい祖母の顔になり、年老いたひとりの母親の顔になり、私がこれまで抱いていた思い、記憶が次々と塗り替えられていきました。

そして、私の勝手な記憶違いにも気づきます。

子供の視線というのは本当に狭くて、ある場面の、1部分だけしか見ていないことが多いのです。

その場面と、親に叶えてもらえない悲しさやさみしさがセットになって哀しい物語を綴り、親はこうだった、こうしてくれなかった、というセリフを書き込んでいきます。

自分が記憶している場面のその前後、親や姉妹にじっくりと聞いてみれば、勘違いして思い込んでしまっていることは、誰でもひとつやふたつではないはずで、私もその多さにびっくりしました。

そして今もなお、母親がキライだと言う人は、そのキライになったお母さんの年齢に自分をおきかえてみてください。

お母さんと同じようにしてしまいませんか。
その状況であれば
その若さであれば
この環境であれば
仕方ないなと思えることがでてきませんか。

今の私、母に対する正直な気持ち


母にも直接伝えましたけど

暴君でこの上ない身勝手な母だったけど、だからこそ私は自由でいられました。干渉しないでくれて、ありがとうです。

もし母が私の理想としていた母像だったら、窮屈で心理的な拘束を感じていたでしょう。ほったらかし、半分子育て放棄、ありがとうです。

自分の好きなことだけして生きる姿を見て、私も好きなことを見つけられました。人生モデルになってくれてありがとうです。

体を壊すくらい必死に働いてくれて、ありがとう。おかけで今、母のお小遣いに気を揉まなくていいし、気楽に自由にさせてもらってます。

私の親孝行は、労わらないしやさしくないかもしれない。まだまだ手伝ってほしいことが沢山あるから、必要としているから、まだいっぱい話したいから長生きしてほしい。そんな求められ方が母も照れずにできるようで、とてもいいバランスを保っています。

今の私、母に対する正直な気持ち

ママ―ッ!!
ハチャメチャなところも可愛い
あなたの血しっかり受け継いでいるよ

大好きーっ ありがとう!

 

京都アグニ

 

にほんブログ村 その他趣味ブログ 占星術へ
にほんブログ村

 

Instagram

 


No tags for this post.

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。