皆さま、こんにちは
京都アグ二の金子元美です。
あなたはお母さんとの関係
うまくいっていますか?
父や夫の関係と同様
母との関係がよろしくないと
月が傷ついたままになります。
父や夫との関係に続いて
月の母子関係にテーマをあててみました。
(2016/3リライト記事です)
私と母のケース
母は気性の激しい女性でした。
過去形になっているのは
母の真の姿を見つけたからです。
母は現在、74歳。(2016年で)
田舎の貧しい家に生まれました。
トタン屋根に暮らし両親を助けるために、小学校から働いて兄弟全員がお金持ちになることを夢見て育ちます。
当時はお見合いがあたりまえの時代。私の父の生家を見て、父を見る前に結婚を決めたそうです。
離れ家と中庭のある家で優雅に暮らせることを夢見たものの、私の祖母が厳しい人で、嫁たる者は無休で働く女中さんの感覚しか持たない人だったようです。
初孫の私は、べったりと祖母に甘やかされた記憶しかないのですが、母には母屋の座敷に上がることすら許さず、家族と従業員の三度の食事とお世話、それが終われば工場へと駆り出される日々。
母は田舎育ちの純粋培養。
言い換えると無知、何も知らない。
何でも完璧にこなせる祖母からすれば、要領の悪い嫁でしかなかったんでしょう。
もともと祖母と折り合いが悪かった父は家出、母は精神が病んで病気になりますが、お金も知恵も何もない状態でしたから夫不在のまま、姑にコキ使われる暮らしをこのまま数年間続けます。
恨みつらみが原動力に代わるとき
母の出生図では、太陽は牡羊座
火星が冥王星とオポ。
獅子座冥王星世代は、半端ない激しさとパワーを持ち火星とオポ。一歩間違えたらヤクザですよ。ヤクザ(・∀・)
自分で使わない間は、死んでしまうくらいのとんでもない要求が外側からやってきます。自分が持つエネルギーを自分で使わないでいると代替え作用が起きるので、母は自分の持つ力を祖母に使わせていたのですね。
祖母は権力を持っていたので
女帝のような存在でした。
田舎育ちの純粋な母は姑との確執によって、このエネルギーを自分の内にため込んでいきました。それが満タンになった頃、自ら行動するという勇気を持ち、私たち姉妹3人を連れて家を出ます。
祖母や父への怒りと恨みが、母を支える原動力だったと思います。仕事している姿しか見なかったし、幼少期に記憶していた下をうつむいたままの母とは全くの別人、容姿も口調までもすっかり変わりました。
姑からの仕打ちと父の裏切りによるウラメシヤ節を、かれこれ30年間は聞かされたでしょうか。この激しく熱い怒りがあったからこそ、ひ弱な母はその後4仕事を続けてこれたのだと思います。
冥王星による変容
母は寝る間を惜しんで
死ぬほど働いていました。
お金を貯めて自分の店を持つまでになりますが、そこで手広く商売を展開してい男性と出会いノウハウを吸収していったようでした。
こちらも火星冥王星のオポですね。
(自分にない力は相手からもらう)
ビッグな権力を持つ男性とビジネスパートナーシップを組んではいましたが、プライベートでは一線を引き、その時の母は野心に目覚めた男そのものでした。
今から思えば、母は冥王星に取り憑かれていたのだと思います。
当時の母の頭には仕事のことしかありませんでしたから、母子らしい会話を交わした記憶もなく食卓を囲んだ経験もありません。姉妹共に記憶にあるのは、母の勝手都合によって仕事を手伝わされた日々で、それも怒鳴り声かけられながらのタダ働き。今なら毒母、パワハラどころじゃない。
私からすれば独裁国家の国民になった気分で、いつ脱北しようか、そればかりを考えていましたよ。いやホントに。それほど辛かった。
自分で火星・冥王星を使うようになったら、祖母にされたことを自分が権力を持ったときに同じことをするようになっただけでした。こうして自分の溜まった恨みを吐き出していたのだろうし、自分の強さを確認していたのかもしれません。
土星メンテナンスは病気となって現れた
もともと虚弱な母は、長年の無理がたたって病気になります。
病気になってもこれまでの習慣と野心から仕事を続けて悪化させる、そんな繰り返しを続けた後に、65歳で仕事を辞める決意をします。
その年に私が20年ぶりの妊娠出産。
仕事が忙しかったため、頼みたくなかったけれど頼まざる得ない状況だったので、毎日自宅まで手伝いに来てもらうことになります。その期間は、休みなく1095日間。その後の娘が幼稚園、小学校の低学年の間は、週に3日ほどのシッターを4続けてくれました。
母は病気していたので徒歩10分の我が家来るにも、最初は車で送迎が必要なくらいでした。子供は待ったナシなので動かない体を母は引きずるようにして抱っこしてオムツを変えてくれました。
結果、これがリハビリとなったたようで、母もどんどん元気を取り戻していったのでした。
記憶のカン違い
この母と娘と過ごした時間の間に、母のいろんな面を知りました。
鬼の形相しか記憶になかった母の顔が、ゆっくりとやさしい祖母の顔になり、年老いたひとりの母親の顔になり、私がこれまで抱いていた思い、記憶が次々と塗り替えられていきました。
こう書くと美しい物語ですが、現実は私は出産後のホルモンバランスの崩れていたからなのか、これまでの胸の内を母にぶちまけました。
母が泣くまで
何度も何度も繰り返しました。
私は火星冥王星は持ってはいませんが、火星は効いているチャートです。
母の泣き顔を見ても
全く可愛そうと思わない
ありえないくらいのひどい娘でした。
そして、そんな時間を過ごす中で、私の勝手な記憶違いにも気づきます。子供の視線というのは本当に狭くて、ある場面の、1部分だけしか見ていないことが多いのです。
悲しい記憶場面と、悔しさと寂しさがセットになって更に物語を膨らませていたのでしょうね。
自分が記憶している場面の前後のシーン、母や妹の記憶をじっくりと聞いてみれば、なんと記憶のいい加減なこと。勘違いして思い込んでしまっていたこと多々でびっくりしました。これは私だけでなく、誰でもひとつやふたつではないと思うのです。
母に対する今の気持ち
母に直接伝えたことを書きます。
暴君でこの上ない身勝手な母だったけど、だからこそ私は自由でいられた。干渉しないでくれて、ありがとうです。
理想の母像を作りあげてはいたけれど、母がいつもそばにいて世話を焼いてくれたら、私の性格からして窮屈感を抱いていたと思います。放置プレイだったから、自立心が早くに養われました。
母は父に捨てられ
私は離婚して
同じシングル時代を過ごしてわかったのは
生きるのは結構、大変だった。
経済的に、というよりも
世間の風当たりは想像以上でした。
このあたりの実情は実際に
シングル期を体験している人なら
理解してもらえると思います。
母を見ていたから
反面教師として踏ん張れた部分が
本当にたくさんありました。
前しか見ない生きる姿を見てきたから、私も前しか見ない生き方ができるようになりました。
私の人生モデルになってくれて
ありがとうです。
体を壊すくらい必死に働いて貯金があるから、おかけで今、母の経済事情に気を揉まなくていいし、私は自分のことだけ考えて気楽に自由にさせてもらってます。
お母さんが嫌いなあなたへ
今、お母さんがキライだと言う人は、その嫌いになったお母さんの年齢に自分をおきかえてみてください。
あの状況であれば
あの若さであれば
あの環境であれば
仕方ないなと思えることが
少しはないでしょうか。
ああはなりたくない
と反面教師でいても
DNAと星はつながっています。
親子は子供の方がずった魂年齢は上だから、子供を持つことで未熟な自分を親にさせてもらえます。それは私が親になって、子供から教えてもらったことです。子供が絶対的な愛で母を愛しているからゆえに、憎むし悲しいし寂しい。
私の場合は、いい年に自分がなってから母が泣くまで責めて月の感情すべてを吐き出すことができたけれど、そうはできない人もいると思います。
できない人はできなくていいし、無理に許そうと思わなくてもいいのではないでしょうか。自分の心に嘘はつけないのだから。ただ、憎んで悲しくて寂しがっている自分の月を許してあげてください。
それでいいんだ、と。
母を許すのではなく
そんな自分を許してあげてください。
そんな月を持つ自分を
そうしか感じれないのだから
それでいいと。
それでいいと許し受け取ることで
私の感受性である月の水が澄み
私のつくる家庭や心の居場所は
居心地よくつくられていくと思います。
月は素の私です。
憎むなら憎むままで
嫌いなら嫌いのままで
素のままの私の月でいれば
相手にも素のままでいることを許せると思います。