フォーラムへの返信
-
投稿者投稿
-
このみちゃん
>縁を切るべき時期に、大変な苦労をします。あまりにも抵抗が強いために、弱気になると、自分がするべきこと、すなわち縁を切ることを諦めて、そのまま成り行きに任せてしまうこともあります。
これを現代に当てはめると、長く不妊治療している夫婦と考えると分かりやすいかも。
互いが疲れているのに、辞めるとどちらからも言い出せない。表向きは子作りと未来に向かう行動をしていても、気持ちは後向きのどんよりさ。これまで使ってきたお金と、互いの切望を共有してきた絆と苦しみ。辞めると言い出したら、じゃ結婚生活も解消するのか・・ズルズルと芋蔓式にまとわりつくパートナーシップとの感情。7はパートナー(対人関係)または主体性の回復による抑圧からの解放、起こすべき変化、です。
いずみちゃん
蠍座26度 コード8−6−1
キャンプをつくっているインディアンたち
インディアンは自分たちに適した環境を巡回して、あちこちに移動します。自分に必要なものは、全部運ぶことができるくらい簡素にまとめられています。特定の環境に依存することなく、ある程度共通の土地柄ならば、少しの違いはあっても、すぐに順応します。しかしこれは彼らが自然界や、人間に関しての総合的で深い知恵を持っているからであり、何も知らない人がキャンプを張れば、一日で脱落するでしょう。蠍座は25度で、人間や自然界に対して、原因的なところから、現象的な結果の部分まで、統一的な観察力や知識を得ることに力を入れてきました。その努力の結果として、この26度の、どこに行っても、ある程度適応できる能力を身につけるのです。これは、たとえば、ひとつの分野を極めたら、ほかの分野のことも理解するのはたやすいということを意味する度数です。結局何をしても、それは人間が扱うことだから、人間のことについて詳しく知ることができたら、応用はすぐにできるし、問題が生じても、知恵を巡らせれば、かならず解決法が見つかります。26度は、25度で得た構造的な知識を具体的に生活に応用して、環境と自分の関係をもっと自由に設定することに主眼があると思います。この行為によって25度のX線というシンボルで描かれた人間知識は完成度をもっと高めてゆきます。生活をまるごとシンプルに自力で管理することに大いに関心があるので、この度数の人々には、街から出て、なんの文化的な助けもないところで生活をしてみることに熱中する人も出てくるのです。あらかじめ博識であったりすることが重要なのではなく、その場その場で、知恵を巡らせて工夫してゆくことに喜びを感じます。これに比較して、都市生活というのは人々の依存しあいの中で成立しています。電気は電力会社に、食料は食料の専門家にという具合に、どれかひとつでも欠けると、誰もが生きて行けなくなるのです。つまり都市生活は、集団としてしか成立できない集合体をあらわし、この26度の生き方は、生存可能な最低単位のユニット、あるいは個人で、人間の個人が持てる力を総合的に働かせるということに大きな特徴があります。まずは人間として、自分の手足、頭脳、生活のすべてを支配してみたいという強い意志が働いていることになるのです。第六グループの始まりとして、これまで依存していたものから、自分を独立させようという試みが始まります。
鏡関係の牡牛座26度は”恋人にセレナーデを歌うスペイン人”で、恋人にアプローチする時に、自分の持てる才能を使って働きかけます。牡牛座は、当然五感に結びつく、音楽や絵、工作、料理などの能力が発達してきますが、こうした自分の持ち物を外界と渡り合うための道具にするというのは、牡牛座が双子座に関心を抱くようになったことをあらわします。まだこの第六グループでは、牡牛座の中の双子座、すなわち「土の中の風」の段階なので、家の中から外を見ているというような光景です。自分の才能や持ち物を見せて、少しずつ外の人に働きかけようとする行為は、相手が自分のほうに歩み寄ってくれない限りは、関係が成立できません。双子座に入ると、家から出て、自分から外に出かけるということになるのです。蠍座の26度のインディアンたちも、蠍座のこれまでの体験で得てきた人間観や、また小集団というユニットで行動する範囲の中で、見知らぬ土地、すなわち射手座が象徴するような領域をおそるおそる探索しようとしているのです。
ほかの固定宮も参考にしましょう。水瓶座の26度”水圧計”は、25度で理性的な人格が形成された後で、環境と関わりあう時に、自身の主観的な判断や、曖昧な意味不明な解釈でわかったつもりになる態度ではなく、水圧計のような計測器で測るように冷静な判断法を打ち出すことを意味します。牡牛座がセレナーデを持ち出して、外界と関わる時、水瓶座は自身の総合的な心身を全動員して関わるのです。獅子座の26度は”虹”で、虹は天と地の契約の印。しかしそれを証拠だてるものは何一つありません。虹を見た時の主観的な印象で決定される価値であり、獅子座では、外界と関わる時に、自分の主観的な判断が、その道具となるのです。それはいいかげんな判断なのかというと、「火」のサインにおいては、もっとも重要な判断法であり、いかなるものも内面的な実感がなければ、正しくはない。つまり実存的判断法なのです。
△進行天体がここにある時
自分の生活力や実行力を試したいために、見知らぬ環境に飛び込むことに、大きな期待感を抱きます。しかし環境に対しては興味津々でも、そこで出会う人々に対しては、閉鎖的な面はあります。生活に必要な最低限のものをまとめて、身軽になることに興味が出てきますが、そうすることで、何か新しい未来が開けてくるようなすがすがしさを感じるでしょう。-----------------------------------
山羊座3度 コード10−1−3
成長と理解に対して受容的な人間の魂
3度は、1度と2度の調停的な配合です。自分の意志が1度で強く押し出され、それに対しての周囲のリアクションが2度で巻き起こり、この2度の反応をふまえた上で、あらたな積極性が3度であらわれて来ます。たとえば射手座においては、本人を正面から否定するような相手が出てきても、それはあまり気になることではありませんでした。射手座は摩擦の火であり、それは議論や競争があるとますます元気になるからです。しかし山羊座に入ると、射手座の前の蠍座と同じような反応、つまり反対者がいると、本人が傷つくのです。これは飛び出すことに意義があるのではなく、むしろ統合したり平定したりすることに意義のある蠍座、山羊座、総じて偶数番号のサインの場合には、攻撃を受けることは、そのまま目的を阻害する者がやってきたということになるのです。射手座のようにバトルの相手が来た、待っていたという反応とはまったく違います。そして偶数サインの場合、反対者の意見を突き返すことはできず、それが自身の価値観の中にいつのまにか入り込んできます。結局山羊座の2度の経験で起こった大きな変化とは、自身についての精神的な権威性や意義が失墜したことです。かつて法王だった酋長は、いまでは自分が、ただの人であることに気がつきます。これは土のサイン、とくに乙女座とも共通していることで、火の内面性が失われた時、自分はただの土くれとしての、なんの特性もない人だという認識に墜ちてしまうのです。この段階で、はじめて山羊座のスタートのステージに立ったとも言えます。増大するエゴの風船は2度で穴を開けられ、萎んでしまったのです。そして2度で自分に対して反対してきた人をも説得できるような、新しい自分の活動を展開しようと決意します。いろんな考えの人に対して共通して説得できるものとは、はっきりとした証拠を見せつけるような、曖昧さや思いこみのない、リアルなものであり、そして堅いものである必要があります。気持ちで説得できるわけでもなく、話についてきてくれるわけでもなく、ずっと荒っぽい、具体的な証拠です。こうした証拠が単純であり強力な反論のできないものであるほど、説得できる対象の幅は広がります。いろんな人の話を聞き、できるかぎり偏らない方向で、自分の成長の可能性を見極めようと考えます。もう内面の精神的な自信という射手座の残留物は消え去ってしまったのですから、財産がなくなり、教会のように見える豪邸を失った資産家の娘が、まずはプライドを捨てて、スーパーのレジから仕事を始めて見るというようなものでしょう。実際に行動するのなら、貴賤を問わず、いかなるものにも新鮮な体験があると考えるのです。
鏡関係の蟹座3度は”毛深い鹿が先導する毛皮に包まれた男”で、自分がどこにどう行けばいいのかわからない蟹座の人は、3度で、その場そのものが持つ導きの力に従います。自分の自我という双子座の残留物を捨て、完全に置かれた環境に身を任せることで、導きがやってきます。双子座としての個人的な自我は、当然この蟹座の領域については詳しく知らないのですから、自分で判断しようとしても、まったく見当はつかないのは当然です。自分を新しい場に完全に投げ出すことで、次に進む道がわかる。それは山羊座の3度と同様で、環境と自分を断絶させている壁を切り崩し、新しい環境に自分を投げ出すことで、次の道も見えてきます。
ほかの活動宮を参考にしましょう。牡羊座の3度は”彼の祖国の形をした男の横顔の浮き彫り”で、ひとりひとりの模倣をしていた2度の牡羊座の人は、やがて、ひとりひとりではなく、それらを包み込む母集団の、集団的な性質をそのまま身に帯びることになります。それは集団意識の鏡となることですが、環境に身を投げ出すことで、牡羊座の人は環境の代弁者となるのです。天秤座の3度は”新しい日の夜明け、すべてが変わった”で、天秤座として、外の環境に心を開き、自分の思いの中に閉鎖しない生き方をはじめた人は、新しい人生が展開することに驚きます。たとえば誰かが話しかけてくる。この場合乙女座であれば、自信の内面の価値基準(乙女座2度の十字架)によって、その人を判定し、その可能性を見落とします。しかし心から開かれていると、予想外の展開がすぐに始まります。このあまりのスピードの速い直接的な変化に、天秤座の人は驚くのです。
△進行天体がここにある時
曖昧な憶測を捨て、実際的な体験を求めて、積極的な行為に走ることになるでしょう。それは仕事でもいいし、趣味でもなんでもいいのですが、考えることをやめて、体験の中で人生のダイナミズムを求めることに意義があると感じます。昔の書物のタイトルのように、「書を捨てて街に出よう」という姿勢がこの時期のスローガンになるでしょう。-------------------------------------
天秤座9度 コード7−2−4
アートギャラリーに掛けられた3人の巨匠
8度で荒廃した家に戻った人は、自分の決断についてもっと慎重に点検してみたいと考えるようになります。巨匠は優れた業績を残した人で、それがアートギャラリーの絵としてかけられているということは、この巨匠たちの行為が絵になるような象徴的な生き方をしていたことをあらわしていると思います。6度から8度まで、願望は実現したが、反動で道を踏み外し、また復帰するなど、いろいろとあがいていた人は、他の人はこういう難局をどう乗り越えているのかを参考にしたくなります。それぞれの人がそれぞれの方法で、こうした問題を解決してきたのですが、過去から伝えられている巨匠たちは、人生の歩みかたにおいて、多くの人が参考にするような、特徴的な生き方をしてきたのです。この度数の人は、過去の巨匠たちの生き方を見て、自分の取り組みかたの手本にしてみようと思うでしょう。その場合、巨匠は三人いて、ただ一人の巨匠を参考にするわけではありません。天秤座の場合、なにか考える時に、複数の比較対象があると、判断しやすくなります。こうした信頼できる過去の巨匠たちの足跡を見ると、自分の立場が必ずしも特殊ではなかったことに気がつくし、また新しい事実に気がつくことも多いでしょう。教えられることは膨大に出てきます。自分の過去の体験についても、記憶の中で反芻し、その意味を考えることで、人生の知識について大きな成果が得られます。
鏡関係にある牡羊座の9度は”水晶を凝視する人”で、8度で自然界の法則を観察することに時間をかけた人は、こんどは体験的に一部だけを見るのではなく、総合的に、世界を見る方法を発見しようとします。水晶球は、世界全体を示す象徴で、いろんな現象の関連性や、相互作用はどうなっているのか、大きな視点から見つめようとしているのです。天秤座の9度の場合も、この総合的に見るという姿勢を求めていて、しかし牡羊座のように抽象的な観察ではなく、具体的に、いろんな人の人生について覗いてみたいのですが、いろんな人の体験談をインタビューするよりも、もっとまとまりの良い記録が残されていると言えば、巨匠たちの伝記的な記録でしょう。1人だと、比較ができない。2人だと、違いが目につく。3人だと、総合的に判断できるでしょう。牡羊座の人が水晶をじっくりと見つめているように、天秤座の人は、肖像画などをじっくりと見つめます。天秤座は対人のサインですから、当然人を見るということになるのです。またこの度数では、7度で出てきたひねくれた否定性や、人や現象に対して、斜にかまえて皮肉に見てゆくという姿勢は消えてゆきつつあります。しかし身近にいる人のアドバイスなどを聞き入れるほどには素直でもなく、相手が巨匠であり、なおかつその巨匠が死んでいないと受け入れる気にはなれないということでもあるでしょう。手の届かないような遠いところにいる人ならば、その意見は素直に受容できます。
ほかの活動宮を参考にしましょう。山羊座の9度は、”ハープを運ぶ天使”で、宇宙や環境を支配しているリズムを、ここではハープを運ぶ天使と象徴化しています。機械的な時間の周期のことを示しているのではなく、出来事の推移を司る有機的な時間の流れに対して、ちょうど牡羊座の人が水晶球を覗くように、天秤座の人が巨匠の伝記的な物語を読むように読みとり、それに同調しようとします。蟹座の9度は、”水の中の魚へと手を伸ばす小さな裸の少女”で、蟹座においては生命の微妙な感触を、自分もその魚の住む世界に入ることで、共感的に理解しようとします。9度は自分とは関係のないものに同調し、そこに自分と同じものを理解する力があるので、それぞれのサインで、理解を広げるための材料が必要なのですが、天秤座の場合には、歴史や他者ということに関心が向くのです。
△進行天体がここにある時
自分の人生に対する価値を理解するには、いろんな他の人の話を聞いてみたり、また過去の業績を上げた人などの話を読んでみると良いでしょう。そこからあらためて自分のことについて詳しく知る手がかりが見つかるでしょう。しばらく前まで抱いていた皮肉な感情は消え去って、いろんなことに対して、素直に受け取れるようになります。>私の意識がカードに反映されているのか、私がそう意識しているからそのようにカードを読んでいるのか…
両方ですね。
ただどちらにしても、この観察者視点があるなら初期段階ではOKです。シンプルに書くと、私たちは目に映るものへの反応してかしてない。思い込み世界で生きていて、アカシックで現実をありのままに確認することで、無用な価値観や思い込みが少しずつ外れていきます。
その先に進めた時に、自分の過去にも思考にもない「詠み」が丹田あたりから立ち昇ってきます。
キャッチするためにも、自分を常に浄化したりヒーリングしたりと、クリーンにしておくことです。ベストなのは感情フラット、心身の疲れを強く感じない程度に淡々と。ヒーリングはスピリチュアルに限定しないで整体でもなんでもいいと思うのですが、定期的に通うことをお勧めします。
私の場合、自分では「絶好調」と思っていても、整体に行くと「肩と背中に鉄板入ってますよ」と言われます。なので自己観察にも常に第三者の視点がいるなとシミジミ痛感しています。
まりなちゃん
>すみません、こちらに返信忘れていました。
かいつまんででいいですよ。>ライトアスペっぽさ、自覚があります。
3ハウスの言語化得意だねの意図で書いたけど、ここ見落としてました。ライト、ミドル、ヘビーの3段階あるとしたら
私はミドルソシオパスの自覚ありです。サビアン引用も、見返す良い機会になっていて、読むのにも時間がかかる自分
近年の出版本との違いを知ることで松村さんの進化ぶりを知れます。
つくづく先生はアカシックリーダーなのだと思います。あれだけの膨大な原稿を書くには、繋がらないと不可能。きよみちゃん
ゆっくり進んでくださいねー獅子座30度 コード5−6−5
開封された手紙
手紙は開けられ、すべての内容が公開されます。獅子座は、蟹座の水面を蹴って、個人としての主観的な火の活力を燃え立たせて生きてきたサインです。他者と自分との間に大きな温度差があるからこそ、個人を行為に駆り立てるアイデンティティが成り立っていました。だから、いかに理解されようとも、必ずそこには完全には共感しあえないという不満が残ったのです。傷と個性は同一のものであって、共感しあえない傷が、同時に獅子座の創造衝動を成り立たせてきました。最後の度数で、この獅子座の存在の根拠が打ち上げ花火のように解放され、その勢いが消失します。熱いものが萎えて、浮力を失った獅子座は、土のサインとしての乙女座の手に落ちてゆきます。それは目でみたままの等身大の、ただの人へ「落ち着く」ことです。この度数の人は秘密を持つことが困難です。思いついたことは、口に出されない間は、他者との落差として、なにか価値のあるものを抱え込んでいるという実感を与えてくれますが、それを即座に周囲にふれまわってしまう傾向を持っています。一瞬の充実した落差と、解放した後の脱力感の間を行き来し、自閉症の欠けた獅子座として、そこに獅子座特有の存在の暗さを感じることができなくなるのです。単純な運動をするポンプのような、発表するために生きている人。火のサインとして協力関係にある射手座の30度”法王”の影響で、”開封された手紙”はなにかもったいぶった宇宙の秘密を開かすようなしろものになりがちです。もうひとつの火のサインである牡羊座の30度”アヒルの池とそれが育む子供たち”の影響で、自分の限界性を隠すことはなくなります。これを隠さなくなったという段階で、もうすでに獅子座のプライドと不可分に結びついた創造的なこだわりは風前の灯火のように弱々しくなって行きます。創造的な意志に不可欠な、外界との断絶と孤独が継続できないのです。
鏡関係にある水瓶座30度は”アーダスの咲いている野原”で、はじめ水瓶座は1度”古いレンガ造りの伝道所”でスタートしました。人の住んでいそうにない未開の地にまで普遍的な教えを埋め込もうとしたのです。しかしここでは、”アーダスの咲いている野原”という古代の理想郷が、すべての文化のルーツであることを意識し、つまりはすべての根底にその”伝道所”が生きていることを発見するのです。獅子座の力は個人から発信され、それが”開封された手紙”で、外界のすべてに放射されてゆきます。少なくとも本人の気合いとしては。水瓶座は、誰ともすでに直接関わりのなさそうな遠い対象が、あらゆるものの源流であることを認識し、そこから個人の壁を取り壊そうとします。もう”古いレンガ造りの伝道所”を作る必要はなく、それははじめからあったのです。しかし水瓶座においては、あらゆるものの源流は宇宙的な「無」であるという認識はとりあえず保留にされるでしょう。それをしてしまうと水瓶座の活動理由が台無しにされるからです。現象的な宇宙において、現象的でありつつ、すべてに共通点を見いだす必要があるからこそ、すべての文明の源流として、古代バビロンの神秘的な牧場の光景が必要なのではないでしょうか。「無」化するのでなく、「有」どおしの究極のつながりを発見するのですが、多くの人の失笑を買うことは確実です。その時、魚座の価値の転倒、なんでもありの世界が始まる気配を感じるのです。
ほかの固定宮も参考にしましょう。蠍座の30度は”ハロウィンのわるふざけ”で、他者との絆を作り出す物語性を踏み越えようとする、絆のダークな面をクローズアップした、蠍座の最後の台無しゲームが始まります。しかしこの操作で、これまで個人が無力化されていた意味性としての水の力から、火という能動的な摩擦を引き起こして、それを活力源として水面から浮かび続ける射手座の生き方の鍵を見つけてしまいます。牡牛座の30度は”古代の芝地をパレードする孔雀”で、自分の持てる美意識の持ち駒をすべて”開封された手紙”のように派手に披露することで、それは”ハロウィンのわるふざけ”に似た効果を醸し出します。蠍座が他者との絆を、なにか悪い病であるかのように茶化してしまうことと同じように、牡牛座は自分の深く同化してきた感覚的な表現を、安い百貨店のディスプレイのように見て笑い、そこから双子座へのコースが始まります。
△進行天体がここにある時
自分が感動した出来事に対して、もったいぶって人に話した時、他人はそれに共感したりするかもしれませんが、その時、急に自分が意味のないことをしているのではないかと感じることが。ひねくれていますが、素直に共感してくれると、自分の意欲そのものが冷えてしまうことに気がついてしまうのです。二度と同じ生き方はできないと感じますが、確かにそれは転換期に来ていることを教えてくれます。ミルクティーホロ
天体が偏っているので時間判明すれば、3つのハウスに集中していることになります。
太陽月金星、魚座のあの世から牡羊座の誕生区域。
肉体と意識の切れ目世界に興味を持ち、ミルクティーの太陽を生きるよの図。
どう見ても神秘主義者。シュタイナー好きなのも納得。トラサタとソフトアスペクト。地球圏外。
水星は天王星とパータイル、冥王星とスクエア。
ゾクっとするような覗き見世界に語り口。
スクエアで深い納得感と徹底された裏付け。やっぱスクエアはかっこいい。水星サビアン、水圧計
こりゃ全体測りながらギリギリのところまで潜るの得意ですね。--------------------------------------
太陽サビアン
魚座23度 コード12−5−3
精神主義的な現象
21度の山の上で捕まえた、新しい境地を導くエネルギィを、22度で下界に持ち込むことで、23度ではそれが形になるという結果を導きます。形になるというのは、心霊的な現象を引き起こすことではありません。21度の、知性ではとうてい把握することもできなかったようなものが、22度で理論化されることで、この21度の真に新しい力が、実際的な生き方の中で結実することをあらわします。精神主義の現象というのは、精神が形になってゆく、つまりはカバラなどでいう「流出」、法則の下降を意味します。21度の直感では確かに実感はできるが、しかし人に説明することさえできないようなものは、生活の中で生かすことなどできません。というのも生活というのは、人と人の交わりの中で営まれるものなので、親しい人がこの言葉にならない直感でしか理解できないようなものを受け入れることができなければ、その人は自分の中で生まれた力を行動に生かすことを阻まれてしまうのです。22度の理論化の力が強力であれば説得力が出てきますから、21度の新しい力をちゃんと説明し、それに親しい人も理解を示すことができるのです。山羊座や水瓶座は、人中心主義の世界に固まっていて、水瓶座の最後の30度で得られる人類共通の認識も、これは自然界を排除した、人の世界に終始します。魚座の大きな特徴は、そこに人以外の普遍的な生命に共通した法則への理解を持ち込むことで、人の集まりだけで人工的に作られた息苦しい世界観や宗教観に広がりと豊かさをもたらします。その点でかつて西欧的な宗教が排除してきた、シャーマニズムやアニミズム的な要素が取り戻されてきて、人だけの集まりの宗教では決して避けることのできない差別主義や権力主義、救世主主義、ヒエラルキーが打破され、生き物が持つ本当の純真さを取り戻すことができるのです。わかりやすいイメージで言うと、空の雲や犬や猫や樹木など、人以外の意識というものが認識されてゆき、人の意識と人以外の意識が行き来するのです。人間以外に主体なぞ存在するわけがないという思想からは理解しがたいことですが、魚座の力は、こうした人間中心主義の偏見からくる肩凝りのようなものをほぐします。サビアンシンボルを理論化したルディアなどは、西欧的な思想の人でしたから、人間の進化は水瓶座の30度で終わるという概念を抱いていましたが、これは魚座の意味が真に理解できていなかったことから来ているはずです。羊と人が合体した魚座の21度が、地上生活に持ち込まれた23度は、山羊座で形成され、水瓶座ではおおいに残留していた偏見が解かれてゆきます。そしてそれが日常生活のふつうのスタイルとなるのです。おそらく僻地などでの生活のほうが実現しやすいでしょう。が、そのような生活拠点づくりは24度でのテーマ。23度では、まずは精神がつかまえたものを地上化するという「創造法則の降下」が果たされます。古代の共同体では、たとえばケシの中毒者のような愚者をひとり確保するという風習があったようですが、そのような存在は魚座21度に位置づけられた存在と言えるでしょう。その愚者は共同体のお宝で、人間の傲慢さをたえず修正するために必要だったのです。
鏡関係にある乙女座23度は”動物のトレーナー”で、魚座の23度が、精神が身体的な生活に浸透するということをテーマにしていることと符号関係にあるはずです。動物、すなわち習慣の奴隷の部分に、新しい精神が持ち込まれこなれるように練習してゆくのです。
ほかの柔軟宮も参考にしましょう。双子座23度は”木の高いところにある巣の中の3羽の雛”で、重要なエッセンスとなる部分が損なわれないように神棚にあげて、それを育てます。柔らかい未来の可能性を示す部分を中心に、より堅い、頑丈な部分が、その柔らかい部分にあわせてゆきます。つまりは法則の降下です。射手座23度は”移民が入国する”で、21度から目指した生き方に、ここではじめて現実に参入したと言えるのです。
△進行天体がここにある時
心の中にある概念を、生活の上で実践する必要を感じます。それは勇気の必要なことかもしれません。周囲を見回すと、古い習慣に埋もれて生きている人ばかりのように見えて、そういう人を相手に自分の信条を正直に話すというのはなかなか大変に見えてきます。しかし行動にあらわそうとするでしょう。---------------------------------------
水星サビアン
■水瓶座第六グループ コード11−6
水瓶座の第六グループは、つぎのサインである魚座への準備をする帯域です。魚座は水のサインですから、風のサインである水瓶座の中で、このステップは「風の中の水」という言い方をすることができます。水瓶座のこれまでのステップで理性や知性的な判断によって作られたものを、水の元素に属する性質である情感や情緒の中に埋め込む試みが開始されると考えてもいいでしょう。わかりやすく言うと、意識的に考えて決めたことも、ずっと繰り返されていくと、自動反応になってゆき、最後に愛情面とか気持ちが、自分が作り出した型の通りに動くようになり、あたかもはじめからそうであったかのように生きることができるのです。魚座の水の元素は、柔軟宮の水で、これは非常に敏感な感受性をあらわしていて、水瓶座の普遍的でありたいという意図をもって、この魚座の水が働くことで、水瓶座の人は、知性ではとうてい行けなかったような遠い場所にまで意識を飛ばすことができるようになります。水瓶座は山羊座の「いま、ここ」という空間と時間に縛られる生き方から、空間性において自由になりました。魚座は、さらにこの水瓶座が時間意識としての共時性に縛られていることから自由になり、空間的意識と時間的な意識の両方においての制約を解くサインです。それは個人を完全に自由にするという、12サインの最終的な完成をあらわすのですが、まだ水瓶座の第六グループでは、そうしたプロセスが現実に進行しているわけではなく、あくまで水瓶座の意識の中にあるのですから、想像的な面で、時間意識から自由になるのです。ここではたとえば時代が離れた領域に共感を感じるものを見いだすということも出てきます。古代の文化などに関しても興味を抱くこともあるでしょう。それを通じて、水瓶座は他者と共鳴する最後の手段である「いま」という共時性から自由になるきっかけを見つけだします。時代の変遷によっては人間はなにも変わらない。古代も現代も、基本的に何一つ変わるものはないという認識から、そのようなきっかけが出てくるのです。28度は、どのサインでも、それまでのサインの土壌から脱出する可能性を見いだす度数ですが、ここで水瓶座は自分が育ってきた、地域性には縛られない普遍的な意識の土壌から、自分を切り離す準備をします。そうなると、もう誰とも共生することのない、純粋な個人としての自分を作るプロセスに入らなくてはならないのですが、普遍的な同時代性としての社会性から自分を切り離すことを意味します。水瓶座26度 コード11−6−1
水圧計
水瓶座の25度で、思考、感情、身体などを全体的に、そして調和的に生かすことができるようになった人は、自分自身を計測器にして、虚心になって、自分が置かれている環境としての世界全体をもう一度見つめ直そうとします。個体としての完成というものを意識した25度のプロセスが正常に進行した場合には、この水瓶座の人は、自分自身をひとつのアンテナとか計測器とか、ダウンジングロッドの針金のように活用することができると思うはずです。水圧計は、車が正常に走行するためには必要な計測器で、その計測器によるチェックを怠ると、大事故になる危険もあります。ちょっとしたことでも見落とすことのないように注意深く行動するには、自分のすべての機能をフルに活用することが大切でしょう。何かをしようとして、心の中にちょっとした気がかりなことが出てくる。それはあまりにもちょっとしたことなので、通常は無視するかもしれません。しかしこの度数の人は、こうした自身がキャッチした印象に注意深く気を配ることで、肝心なことを発見したりするのです。思考に熱中するか、感情面で没入しているか、身体の持つリズミカルな行動リズムに走りすぎるか、ともかく何かに偏ることで、こうしたちょっとした印象は埋もれて、見落とされます。最大限に注意深くなるには、身体の全機能、思考と感情と身体機能をバランス良く働かせておかなくてはならないのです。客観的に判断するとは、自分の感情を無視することではありません。何かの実験結果を精密に記録するには、その時にどう感じたか、どう思ったかというものも入れないことには客観的とは言えないのです。ニュートンから続く古典物理学では、人間の気持ちや感情というものを除外したものこそ、客観的だと思われていました。しかし実際にはこれは人間の限られた機能のひとつである感覚だけを使うという観察方法に過ぎず、大きな見落としが大量に出てきます。この度数の人は心身をすべて注意深く動員して、決して小さなことも見過ごさない慎重さを使うという点で、危険な職業では実力を発揮するはずです。反対にこの水瓶座26度のような注意力がなければ、危険な仕事では不幸なことになりやすいということでしょう。
鏡関係にある獅子座26度は”虹”で、自分の究極の目的、すなわち使命のような理由付けをほしがっている獅子座にとっては、虹のような自然界の兆候は、それを黙認する良い兆しです。水瓶座26度の人が、自身のすべてを使って世界を読もうとしているのに比較して、獅子座は、この環境からやってくる印象のうち、自分にとって都合の良いものだけを拾います。というのも、獅子座にとっては自身の火の活力が、地上的な生活と結びつき、有意義な役割を果たすことが大切だからで、動機づけのために、外界の印象を取り入れるのです。水瓶座の場合には、それは完全な作業の遂行のためです。
ほかの固定宮を参考にしましょう。牡牛座26度は”恋人にセレナーデを歌うスペイン人”で、外界との関わりに、自分がこれまで馴染み親しんだ感性を利用します。音楽を奏で、それに相手が乗ってくれれば、それは相手との関わりが好感触であることの証拠です。言葉で伝えてくる内容よりも、こうした感性のアンテナを使ったほうが実は正確な判断ができる。それは牡牛座の、自分が持っている特技を利用して外界とわたりをつけるという方法の始まりです。蠍座26度は”キャンプをつくっているインディアンたち”で、25度で手に入れた人間の構造に関する知識をもとにして、新しい環境の中でも適応していけることをチェックしています。自然界のさまざまな兆候を読みとり、この中で工夫して生き延びようとする姿勢は、水瓶座の26度と類似したものがあると言えるでしょうし、それは自分たちの知恵の力を強くします。
△進行天体がここにある時
自分のすべての能力を動員して、注意深く行動することで、ちょっとしたことも見落とさないでいられるということに自信が出てきます。またそのような注意力を必要とするような立場にあることも多いでしょう。個人的に好きなことに熱中することのなかなかできない時期ですが、実力を試される時期でもあるのでがんばれます。ファイル添付:
You must be logged in to view attached files.このみちゃん
>対応カード:カップ7 蠍金星
ドデカ:ソード3天秤土星
サビアンの意味もカードの品位も悪めで読む気がうせる、、というか向き合うのが怖い感じもあります。シンプルな金星が優位だと確かに、です。
絵柄もC7は重くるしいけれど、清濁合わせのむ深い愛へと変わっていく気がします。S3も同じく
人間関係で傷ついた人でないと優しくなれないように、諦めたことへの良き作用として現れる大人の愛。
個人的には、黒い背景にした黄色い薔薇の散り具合がとても好きです。--------------------------------------
蠍座29度 コード8−6−4
酋長に自分の子供たちの命ごいをするインディアンの女性
28度で脱出の穴を発見した人は、また蠍座の古巣に戻ってきて、29度で引っ越しのための荷物整理をします。インディアンは、部族から出てゆくことを宣言したとたんに、部族から猛烈な反対を受けて、絶対にそれは許さないと言われます。蠍座は、自分が必要と思う相手と深く一体化しすぎたために、そこから縁を切るべき時期に、大変な苦労をします。あまりにも抵抗が強いために、弱気になると、自分がするべきこと、すなわち縁を切ることを諦めて、そのまま成り行きに任せてしまうこともあります。もう関わるべき時期を過ぎたにもかかわらず、関係を続けていると、その関係はどんどん腐敗してきて、互いを最悪の印象で見る結果になるし、これまでの経験で得た成果を失います。29度は、常に新しい世界と古い世界の間での葛藤を体験する度数で、28度は射手座的な「火」の独立性を促す方向性。そしてそれに対して、古い蠍座の密室的な共同体の関係の濃さが抵抗して、射手座と蠍座の間で、揺れ動き続けるのです。揺れ動くということは、ここで価値の比較はおびただしく繰り返されることになるわけですが、そのようにして、だんだんと本当に自分がするべきことは整理されてゆきます。この度数の段階ではたいていの場合、ほとんど身動きは取れず、葛藤の中に止まることになることが多いでしょう。この段階は、水の中の火という言い方をしましたが、火が水を凌駕するほどには強まっておらず、互いに対等な程度の力関係なので、この度数の人は、対人的なところで、まとわりつかれたりすることも多くなります。まとわりつかれると、簡単には拒否できない性質であることは、誰が見てもあきらかなのですが、新鮮な気分で関わるわけではないので、関係は簡単に悪化するでしょう。
鏡関係にある牡牛座29度は”テーブルの前の2人の靴職人”で、これは古い牡牛座と、これからの双子座の間で葛藤をしている姿です。古い靴は修理したほうがいいという牡牛座と、それを捨てて新しい靴を買うべきだという双子座指向の間で意見はわかれます。蠍座では、この第六グループは、水の中の火で、水と火の力関係が、29度で緊迫してゆき、水は火を消してしまおうとする圧力をかけてきます。牡牛座では、土の中の風で、馴染んだ土の中で、新風を巻き起こす風は、否定されかけています。馴染んだデザインに、変わった装飾は入れないほうがいいとか、もっと根本から新しいデザインで作ろうとか、いろいろ試行錯誤しますが、蠍座ほどの深刻さはあまりないでしょう。蠍座という、人との関係が問題になるサインでは、それはもっとも直接的な圧力として感じられる出来事になるのです。
ほかの固定宮を参考にしましょう。水瓶座の29度は”さなぎから出てくる蝶”で、28度の切り倒された木は、ここではさなぎの堅い殻に変化します。大地から切り離された木というのは、具体的な経験の場から分離して、独立的な魂を作り出すプロセスですが、さなぎから蝶に変わるのは、それまで保護として使われていた堅い殻から、中身が離れてゆくことをあらわし、これは水瓶座の中の魚座という意味では、風の中の水、すなわち知識によって精錬されていたものが純粋な心情へと変化してゆくことを意味します。しかしこれは不安な状況でもあり、手こずるプロセスだとも言えます。獅子座の29度は”人魚”で、海の生き物である人魚が、人に変わろうとする過程です。主観的な海を漂う生き方から、もっと知的で、明確な自己表現へと変化させてゆかねばならないので、それは試行錯誤の連続のはずです。創作をする人々は、この経過をいつも体験しているはずですが、形に閉じこめられないものを、形にしてゆくことで、多くのことを諦めなくてはなりません。それは獅子座衝動と、乙女座という表現の間での試行錯誤であり、火から土への推移とは、漠然としたアイデアを具体的に作品として落とし込むことをあらわします。
△進行天体がここにある時
本来ならばきっぱりと独立するべき時期なのに、深く関わった相手との関係で、ずるずるともめることが多い時期です。堂々巡りをして、どうやって解決したらいいのか、困ることが多いでしょう。しかし放置しておくと、関係はどんどんと腐ってゆきますから、明確な態度を取る方が良いのです。話し合いで解決することはほとんどありません。時間が必要です。魚座28度 コード12−6−3
満月の下の肥沃な庭
26度の段階で自分で決めた意志、それを形にして運命を作り出す27度というプロセスは、その人そのものの純粋な自己実現を果たすことができるのですが、なにか予想外の事態が起こってしまいます。28度は常にサインの影響力から脱出して、まったく別の領域が口を開くポイントです。27度でいかにも自分らしい運命が作られて行き、そこに思い切り崖に飛び込むかのように身を投げると、いままで知らなかったような、ある確かな感触を持ち、にもかかわらず口では決して説明のつかないような「あるもの」に遭遇するのです。それは生命的な気配を持つことはなく、根本的な沈黙の中にあり、しかしそこに飛び込んだ途端に、即座にその成果を返してくる宇宙的な形象化の原理とでも言うようなもので、通常の手段では決してかいま見ることのない原理でもあるのです。27度では、意志をイメージ化してゆく月の力に遭遇しましたが、この28度では、その月の力の大もとにある、つまりすべての母原理の根底にあるおおもとの母の力にたとえるものに触れるのです。それはグノーシス思想では、世界を創造した不詳の息子イアダルアバルトの母親と言われています。母は息子の誤った世界創造を嘆いており、いつでもその世界を消すことを願っていると、伝説に語られています。魚座28度の人は、世界が創造される様、すなわち満月の下で、肥沃に実る作物を作り出すおおもとの「庭の大地」としての、この原理に触れることになります。その原理があるからこそ、世界は豊かに創造され、さまざまな生命の営みが生まれます。魚座の人は27度で自己の運命の中に、完全に飛び込むことができれば、その思い切りの良さによって、28度の外界との穴を通じて、宇宙的な形成原理に接触し、そして期待するよりもはるかに強力な結果をそこから受け取ることになります。思い切りの良さこそがここではすべての鍵なのです。というのも、生命は自身の活動範囲に相応しい器を持っていて、この器からは決して逸脱することはなく、いわば安全装置として、この器によって存在が守られていますが、魚座27度の人が、本当の意味での自己の意志の実現ということを望み、そこに一点の疑念もなく飛び込んだ時には、生体のほどほどのバランスを取る器の、輪郭面が突き破られてしまい、宇宙的現実に、直接さらされてしまう体験をするのです。しかし魚座の27度や28度のプロセスでは、それは正当な行動であり、その形成原理は、27度という小さな実現ではなく、大きな実現の方向へ、魚座の人を突き飛ばします。28度の人が、このあらゆるものを肥沃に生み出す沈黙の母に出会った時、人は自分が望むものの中に生まれるということをますます確信します。
鏡関係にある乙女座28度は”禿頭の男”で、27度の貴婦人たちという、社会の中での月の役割を担う人々の作り出した、ほどほどの夢と幻想に満ちた未来像や世界像にいらだち、存在の根底にある、まったくのところ緩衝装置の働いていない、直接的な意志の行使を果たそうとします。知らず知らず、彼は魚座の28度の人が触れた、この形成原理に触れてしまいます。すでに説明したように、それは人格が持つ保護の器というものを突き破るくらいに、意志の生々しい燃え上がりによって反応してくるものなのです。しかしこの乙女座の段階では、形成原理として活用されるより、宇宙的な母の逆像である粉砕力に関わることになるので、影響は衝撃力として波及するでしょう。
ほかの柔軟宮を参考にしましょう。双子座28度は”破産宣告された男”で、個と社会の関係を一度根底から壊して、改めて結びつけることになります。こうした大きな変化を引き起こすには、根底的な力が必要です。射手座28度は”美しい流れにかけられた古い橋”で、集団の無意識の中にある古い元型を引き出して、それを身にまとうことを意味しますが、この古い元型を貯蔵しているのは、宇宙的な母原理に他なりません。
△進行天体がここにある時
豊かな生産力の根底にある原理とは何かを考えることが多いでしょう。自分が望むことに、思い切り飛び込むことで、根本的な障害を打開することが可能です。叩けば開かれるという原理を体感的に知ることになるのですが、それは本気で叩かないことにはうまくいきません。捨て身の意志が、大きなチャンスを開きます。山羊座8度 コード10−2−3
しあわせそうに歌う家の中の鳥
8度は6度と7度の調停的な配合です。6度は共同体への献身を、7度はその反動として、共同体に対して否定的な印象に取り憑かれることをあらわします。この光と闇に似た二律背反的な影響を共に取り込んだ人は、8度では、共同体の限界も知り、言ってみれば、一度逃げた人がまた出戻って、その環境に対して順応するという姿勢を取ることになります。狭い境遇の中で平凡に生きることに対して、なんのてらいもないところに、他人はその人の善意を感じます。共同的な他の土のサインについて点検しましょう。牡牛座8度は”雪といっしょにないソリ”、乙女座8度は”最初のダンスの練習”です。牡牛座は着実な予測能力によって未来に必要となりそうなものを手際よく準備すること。乙女座は他者に依存することなく自立的な楽しみかたの練習をすることです。先見性と自立的な練習という要素が組み合わされて、地域的な共同体に順応するということを想像すれば、環境に対してさしたる不満もなく生きてゆく姿を思い浮かべることができるはずです。実例を見るかぎり、共同体や社会集団というだけでなく、ある教義や思想に心酔し、この思想を疑うことなく信じ続けるという人もいます。鳥は風の元素のシンボルであり、それは考え方や思想の象徴であると考えれば、かごの中にとどまる鳥は、家のひかりという印象の宗教の保護の中で生きるということなのでしょう。ちょっと裏の心理も付け加えると、8度は7度に辟易した結果の行動です。つまり家の外は悪魔が跳梁跋扈していて、家の中にいるかぎりは安全と思うことであり、外の闇におびえる人は家の中に閉じこもります。この度数の人々には、悪いことをするとバチがあたるとか、呪いとか、大人になっても本気で信じている人がたくさんいます。この段階の山羊座はまだ蟹座という影に対して対処方法を会得していないため、蟹座という谷底的なサインは闇に通じるものと見なしてしまう癖を持つ人もいて、山羊座の6度と7度で出てきた森の闇は、母の悪意というイメージに変換されることがあります。興味と怯えの同居した気持ちで、母の情念が作る禍々しいストーリーを編み出し、だから家あるいは家を象徴とする宗教・思想に中にじっとしているのが一番と主張するのです。しかし矛盾した話ですが、家は母の持ち物なのです。家に閉じこもる人は、他人も閉じこめようとする癖があり、母の強い情念は裏側で発揮され、この度数の人の言動には裏腹な面が出てくることもあります。
鏡関係にある蟹座8度は”服を着てパレードするウサギたち”で、6度で、知性を捨て、動物的な本能の中にある保護欲や、安全な環境を作ろうとする衝動を借りて、住居や仲間との関係を築き上げてきた蟹座の人は、このむき出しの純粋な感情の要素を、より建設的な人間的な表現へと自己訓練してゆこうとします。むき出しの感情の要素は、とても親しみやすい資質でもあるのですが、それは7度の”月明かりの夜の2人の妖精”のように勝手に飛び回り制御は難しいのです。安定した生活の場にうまく適応するように、人間らしさを手に入れようとします。その場合、蟹座はコピーをするサインですから、手本を真似することでそれを達成しようとします。 ほかの活動宮を参考にしましょう。牡羊座の8度は”風になびくリボンのついた大きな帽子、東に向いている”で、7度で、陰陽のような対立法則を学んだ人は、その法則が生活のすべてに及んでいることを理解して、それらを観察し、学習しようとします。吸収力が高く、微妙な印象に敏感なので、なんにでも影響を受けやすい傾向があります。この影響の受けやすさは、山羊座でも蟹座でも共通しています。天秤座8度は”荒廃した家の中で燃え盛る暖炉”で、6度で一度手に入れた家は、7度の反動によって失われ、しかし8度で戻ってきた人は、もう一度6度からはじめた目標を見直します。家の中は無人、主人を待つ暖炉の火は、燃えさかっています。一度脱落しても、再起する可能性はいくらでも残っていることを示しています。
△進行天体がここにある時
環境に対して順応性が高く、過剰な期待もしないで、日々の生活を楽しく過ごすことができます。周囲の人から悩み事がなくていいねと言われるかもしれませんが、無駄なことに悩まされていないだけです。職場に対しても、そんなに不満は感じないでしょう。このような体験は短いものなので、できるかぎりのんびり過ごすことにしましょう。うれしー
後で載せます。============================================
①最初に受けた印象
求めれば与えられる②そこに何があるか
現実③数字の私への意味
21.6 魔術④どのような人物や動物がいるか
宇宙卵、女性、哲学者、牛、鷹、ライオン、12サイン、男性戦士、炎、黒い馬、樹、白薔薇⑤それぞれのカードの環境
世界 出来上がっている
WK 爆進
D6 咲いた〜(ローズリリーアイシャも満開)⑥カードのシンボル
世界 土星
WK 蠍から射手座
D6 月牡牛⑦感情の観点からの考察
世界 動いているけど静止
WK 踏み込み
D6 時の巡り合わせ⑧カードの人物の向き
正面肉体・知性・霊性から詠めば
世界 自立
WK 男性脳
D6 愛でる楽しみ過去・現在・未来と詠めば
世界 自分統合
WK 暑い〜
D6 足るをわきまえた暮らしカードを入れ替えてみたら
表向きは淡々とフツウ
中身ガッツリ詰め詰め============================================
ファイル添付:
You must be logged in to view attached files.まりなプログレス
------------------------------------
水瓶座8度 コード11−2−3
美しい衣装を着た蝋人形
7度のへその緒のない子供が、もう一度社会環境の中で生きようとした時には、人格的にも目に見える形の上でも、人為的に作られたモデルのようなものとして、環境に適応しようとするでしょう。これは6度の仮面を演じる演技者の度数と似ているかというと違います。というのも6度では、周囲から要求された役割を演じることに労力を使ったのですが、8度では、かならずしも要求には従っていないからです。周囲からの要求に関しては、もう7度で迎合することを断念したので、8度でそれに応じるということはあまり考えられません。ひとつの人生実験として、自分で考えたモデルをもとにして生きてゆくことになります。このような発想法がはっきりと打ち出されると、何かを考える時にも、机上で想像的なモデルを配置することで思考するということに慣れてきますから、フィギュアの箱庭的な配置を楽しんでみたり、またパソコン上での架空のゲームなどにも熱中する人が出てくるでしょう。子供の頃に箱庭を見て、大きな世界が自分の手元に構築できることに、ひどく感動した人は多いのではないでしょうか。想像上の体験は、限りなく現実の体験に近い。違うことといえば、現実の世界では、他者が多く存在し、この他者とのかかわりでは自分の思いどおりにはならないという点ですが、この度数の人は、自分がひとつの架空的な蝋人形なのですから、関わる相手がそうでないとしても、関係性は実験的なものと解釈せざるを得ません。人為的に考えられた役割やペルソナに、どのくらいリアルに表情をもたせることができるか、それは工夫しだいでしょう。しかし長期にわたる対人関係が維持できるとはとうてい思えません。長期にわたる関係性を望んでいるわけではないので、そこに不満が残ることはないでしょう。また7度で、宇宙的な原初の原理である宇宙卵に同化した人ならば、地上に降りてくる8度では、宇宙卵と、人の世界の間にある、神話的元型領域から、普遍的な人格像を引き下ろしてくる可能性もあります。そしてそれに洋服を着せて、息をし、歩き、会話するという試みを、自らの存在を使って実験することもあるでしょう。
鏡関係にある獅子座8度は“ボルシシェビキプロパガンダを広める人”で、7度で地上のすべての差異を無視できる永遠性の星空に意識を集中させた人は、次にもう一度生活に戻った時に、この夜空の星の原理を日常の中に持ち込むことです。それは細かいことを全部無視した、ひとりの破壊者としての行動です。しかしこの段階で洗練された獅子座の人はなかなか少ないので、寺内貫太郎のようなちゃぶ台返しで終始する可能性もあります。蟹座が大切にしていた、伝統や古風な味わいは、この人にとってはさほど意味のないものに思われるでしょう。すべては自己の意志を中心に生きているので、そこから見てあまりメリットのないものはたいてい破壊対象です。そうやって地上のさまざまなものが壊された後、水瓶座の蝋人形が降りてくる光景は、なかなかSF的です。
ほかの固定宮を参考にしましょう。牡牛座8度は“雪といっしょにないソリ”で、まだ冬にならないのに、冬に必要なソリが用意されている光景です。水瓶座の8度も、模型的なものを配置した想像の上で未来を予想しますが、牡牛座のこの度数も予見的な行動から、未来に確実に必要になるものは先手を打って確保するのです。蠍座8度は“湖面を横ぎって輝く月”で、7度のように、関係性の中に深入りするのは危険を伴い、なおかつ労力を異常なほど使うので、8度では、受容的な観察をすることで必要なものを手に入れるという手段を考えます。それぞれの固定宮は8度では、7度で手に入れたヴィジョンをもとにして、未来を作るような行動をしていることになります。水瓶座はとても人工的な試みをしていることになるのですが、そこには水瓶座なりの未来像があり、それはある種の普遍性の地上化とでもいうものを目指しており、反対側にある獅子座とは密接な表裏一体の関係が成り立っています。
△進行天体がここにある時
生々しいものでなく、ゲームとか、バーチャルな実験とか、架空のものの中に真実味を感じます。生々しい現実のものは不完全で、ひどく中途半端なものだと感じる人もいます。何か目標を立てて実践する場合、まずは想像でさまざまなケースを想定し、そのシナリオに基づいた行動をしようとするでしょう。できるかぎり想像力を広く使いましょう。まりなちゃん
>松村先生著の大アルカナ「塔」の説明
覚えているのが凄いわ。私も同様にYouTuberの方の水星力に感心しています。
つい分析してしまう癖があるので、ナチュラルサイコパスにライトアスペ、そして謎解明へのエクスタシー感じてる感。そしてブラス、次世代特有の情報処理スピード。ホロ知りたくてたまらない。笑まりなちゃん、なれるんちゃう?
-------------------------------------------
山羊座3度 コード10−1−3
成長と理解に対して受容的な人間の魂
3度は、1度と2度の調停的な配合です。自分の意志が1度で強く押し出され、それに対しての周囲のリアクションが2度で巻き起こり、この2度の反応をふまえた上で、あらたな積極性が3度であらわれて来ます。たとえば射手座においては、本人を正面から否定するような相手が出てきても、それはあまり気になることではありませんでした。射手座は摩擦の火であり、それは議論や競争があるとますます元気になるからです。しかし山羊座に入ると、射手座の前の蠍座と同じような反応、つまり反対者がいると、本人が傷つくのです。これは飛び出すことに意義があるのではなく、むしろ統合したり平定したりすることに意義のある蠍座、山羊座、総じて偶数番号のサインの場合には、攻撃を受けることは、そのまま目的を阻害する者がやってきたということになるのです。射手座のようにバトルの相手が来た、待っていたという反応とはまったく違います。そして偶数サインの場合、反対者の意見を突き返すことはできず、それが自身の価値観の中にいつのまにか入り込んできます。結局山羊座の2度の経験で起こった大きな変化とは、自身についての精神的な権威性や意義が失墜したことです。かつて法王だった酋長は、いまでは自分が、ただの人であることに気がつきます。これは土のサイン、とくに乙女座とも共通していることで、火の内面性が失われた時、自分はただの土くれとしての、なんの特性もない人だという認識に墜ちてしまうのです。この段階で、はじめて山羊座のスタートのステージに立ったとも言えます。増大するエゴの風船は2度で穴を開けられ、萎んでしまったのです。そして2度で自分に対して反対してきた人をも説得できるような、新しい自分の活動を展開しようと決意します。いろんな考えの人に対して共通して説得できるものとは、はっきりとした証拠を見せつけるような、曖昧さや思いこみのない、リアルなものであり、そして堅いものである必要があります。気持ちで説得できるわけでもなく、話についてきてくれるわけでもなく、ずっと荒っぽい、具体的な証拠です。こうした証拠が単純であり強力な反論のできないものであるほど、説得できる対象の幅は広がります。いろんな人の話を聞き、できるかぎり偏らない方向で、自分の成長の可能性を見極めようと考えます。もう内面の精神的な自信という射手座の残留物は消え去ってしまったのですから、財産がなくなり、教会のように見える豪邸を失った資産家の娘が、まずはプライドを捨てて、スーパーのレジから仕事を始めて見るというようなものでしょう。実際に行動するのなら、貴賤を問わず、いかなるものにも新鮮な体験があると考えるのです。
鏡関係の蟹座3度は”毛深い鹿が先導する毛皮に包まれた男”で、自分がどこにどう行けばいいのかわからない蟹座の人は、3度で、その場そのものが持つ導きの力に従います。自分の自我という双子座の残留物を捨て、完全に置かれた環境に身を任せることで、導きがやってきます。双子座としての個人的な自我は、当然この蟹座の領域については詳しく知らないのですから、自分で判断しようとしても、まったく見当はつかないのは当然です。自分を新しい場に完全に投げ出すことで、次に進む道がわかる。それは山羊座の3度と同様で、環境と自分を断絶させている壁を切り崩し、新しい環境に自分を投げ出すことで、次の道も見えてきます。
ほかの活動宮を参考にしましょう。牡羊座の3度は”彼の祖国の形をした男の横顔の浮き彫り”で、ひとりひとりの模倣をしていた2度の牡羊座の人は、やがて、ひとりひとりではなく、それらを包み込む母集団の、集団的な性質をそのまま身に帯びることになります。それは集団意識の鏡となることですが、環境に身を投げ出すことで、牡羊座の人は環境の代弁者となるのです。天秤座の3度は”新しい日の夜明け、すべてが変わった”で、天秤座として、外の環境に心を開き、自分の思いの中に閉鎖しない生き方をはじめた人は、新しい人生が展開することに驚きます。たとえば誰かが話しかけてくる。この場合乙女座であれば、自信の内面の価値基準(乙女座2度の十字架)によって、その人を判定し、その可能性を見落とします。しかし心から開かれていると、予想外の展開がすぐに始まります。このあまりのスピードの速い直接的な変化に、天秤座の人は驚くのです。
△進行天体がここにある時
曖昧な憶測を捨て、実際的な体験を求めて、積極的な行為に走ることになるでしょう。それは仕事でもいいし、趣味でもなんでもいいのですが、考えることをやめて、体験の中で人生のダイナミズムを求めることに意義があると感じます。昔の書物のタイトルのように、「書を捨てて街に出よう」という姿勢がこの時期のスローガンになるでしょう。きよみちゃん
魚座6度 コード12−2−1
衣装行進している将校たち
5度の教会のバザーで、宗教的な付加価値をつけることで、商品には実像をこえた大きな価格がついてしまうことを知った人は、物事の価値は飾り気のない実体よりも、そこに付加された象徴的な意義のほうが力を持っていることを知りました。いわくつきの宝石は、適正価格の十倍の金額で売り買いされるのです。世の中はいい加減ということよりも、つまりは多くの人は、もので生きているのではなく、イメージや象徴的な価値の中で生きているということなのです。戦争に駆り出される兵隊は、就職口もなく、食い詰めて入ったところだったのに、いつのまにか、国家に奉仕する神聖な職業であり、正装をして行進すると、それは地上的なレベルをはるかに超越して、神がかり的な意義が与えられているように感じます。そこでは死でさえ名誉であり、国家の名のもとに、敵国の人を殺す権利さえ与えられているのです。いったいぜんたい誰がそこまで軍人に力を与える権限があるのか不明ですが、結局のところは国家の防衛心が作り出した神聖でもなんでもない機構でしかありません。しかし軍人たちは、この軍人に与えられた象徴的な価値の中で、自分の命さえかけてしまう者さえ出てきます。価値を与えたものは政治家や国家。その価値の付与者に寄りかかって、軍人たちは、国の境界線ぎりぎりまで使って、軍事的な演習をします。時にはすれすれの危機もやってきます。どちらかというと、このすれすれの危機のほうが軍人たちは燃えます。模擬演習は、実戦をかたどって行われますが、決して実戦のどろどろな状況を再現することはできません。おおまかにいうと、この度数のシンボルの意味は、象徴的な価値の付与者に依存して、この与えられた価値の中に、命すれすれまで飛び込むということです。実際の政治家の顔を思い浮かべると、げっそりしてこんな者のために命をかけたくないと思うでしょうから、たいていこの価値の付与者は、ラカンのいうような実在しない父、もう死んでしまった国の創始者にすり替えられます。終戦までは、日本ならばそれは天皇だったのです。5度では付属品でしかなかった象徴的な価値は、6度では主役の座にはまり、それに命をかける人まで出てきたのです。
鏡関係にある乙女座6度は”メリーゴーランド”で、強く太い金属の軸の周囲を、おもちゃの馬が上がったり下がったりしながら回転します。価値の付与者に依存して、その周囲でイメージ遊びをしてゆく子供をあらわしているシンボルで、魚座との違いは、たんにそれが個人的か、それとも国家という大きな集団性のもとで行われているかの相違です。乙女座の場合には、個人的に誰かに依存して、そこで自分の情感能力、表現能力を磨くために、小さなこととを大げさに拡大して、おもしろおかしく遊ぶことに専念します。
ほかの柔軟宮を参考にしましょう。双子座6度は”油田の掘削”で、乙女座のメリーゴーランドでは、軸が固定され、その周囲の玩具の馬が上がり下がりしたのですが、ここでは固定された大地に、掘削用のドリルという軸が上がり下がりして、大きな富をもたらす古代のパワーの地層を探り当てます。扱うエネルギィのレベルを変えて、より巨大な力を手に入れようとする野心です。魚座や乙女座と共通しているのは、より大きな刺激を求めるところです。射手座6度は”クリケットゲーム”で、軸は複数あり、敵の軸を倒すことを目的にするゲームです。双子座と射手座においては、軸ということに焦点があてられ、魚座と乙女座では軸は固定して、その周縁性を遊ぶことに焦点があてられています。
△進行天体がここにある時
何か大きな意義のあることに、思い切り奉仕してみたいという意志が芽生えやすい時期です。そのために個人が犠牲にされてもいい。しかし大きな意義を与えているものは誰かということを考えたほうがいい場合もあります。仕事などでも、会社のために、自分の生活を犠牲にする人も出てくる可能性があります。ゆりこさん
投稿ありがとうございます。どんどんマニアチックにリーディングしていきましょう。サビアン本持っていらっしゃるかわからなかったので、添付します。
昔、松村さんの占いサイトを立ち上げられた時に少しだけ関わらせてもらって、その時にサビアン資料をもらいました。最近の出版本よりもわかりやすいかもなので、最後にコビーします。(他の方も後で送ります)>「燃えろ、燃えろ、ぐんぐん高く燃えろ(N木星射手座9ハウス)」と言いながら、仲間(同志)と精神性を高め合いたい私がいます。
互いの思想を分かち合いながら学びを深めたい(S2)私チャンネルのキャンプファイヤーは「瞑想」的です。内観。
S2も、添付にある天秤座の好き嫌いかなと。---------------------------------
天秤座4度 コード7−1−4
キャンプファイヤーを囲むグループ
3度の急激な運命の変化によって人生が開けてきた時に、たいていの場合、親しい人に取り囲まれることになります。自分の個性が決まると、なにもしなくても、自動的に気の合う人との出会いが出てくることが多く、挨拶などや自己紹介をしなくても、いつのまにか近くにいる人が決まってきます。この情景は、このシンボルに描かれているように、あたかもキャンプファイアのようなもので、親密な人の輪の中で、独特の雰囲気が作られ、3度の時に感じたとまどいは、この人との関係によって鎮静されてゆき、自分の新しい運命に対して、喜んで受け入れられるようになるでしょう。天秤座の場合、自我は、他者との関係でしか作られません。つまりこのキャンプファイアで集まった関係は、互いの個性を維持するための、そして共有される情熱を燃え立たせるための、共謀者たちだとも言えるのです。自分の人生を変えるには、人との縁をすべて変えなくてはなりません。反対に言うと、自分の人生の流れを安定したものにするには、人との縁が親密に続けばいいのです。その点で、この4度という安定の度数では、1度から始まった天秤座の新しい人生コースが、ここで定着したものとなるのです。中心にある炎を共有しているということは、ここでは夢や希望が共有されていることを示しています。それは誰かひとりが占有することはできず、また不思議なことに、役回りがぐるぐると巡ります。ある人の癖が、ある時期からこんどは違う人に回ってゆき、また自分が諦めたものを、ほかの人が追求するとか、ひとつの霊が複数の人の間を行き来しているように見えるのです。個として閉じていない者の間では、言葉で説明しなくても、意志が伝わるという不思議さを体験するでしょう。この度数を持つ人は、人為的に人との関係を求めず、縁によって自動的に形成されてくる友達の輪のような関係を大切にすると良いでしょう。人生の発展はすべてそこから始まります。
鏡関係の牡羊座4度は、”隔離された歩道を歩く2人の恋人”で、3度の集団意識に染まった人は、なにか非個人的な、抽象的な精神の中に住んでいます。その場合、たいてい、次の4度では、この牡羊座の人を守り、安定した環境の中に、牡羊座の人を落とし込むような異性や親しい人が登場してきます。この関係には一般性がまったくないため、ふたりの間での常識は、世間の考え方とはまったく違うものになる傾向があります。天秤座の4度は、このようなふたりだけの関係にはなりにくく、複数の数の人々との関係になりますが、しかしやはりこの関係性の中で形成されてくる情熱や意欲、価値観は、一般世間とはかなり違って見えるでしょう。キャンプファイアの周囲は暗闇で、中心にある炎が強いほど、周囲は暗くなります。牡羊座においては、隔離された歩道、天秤座においては周囲の闇。いまのところ、もっと広い環境や社会との関係は作られていませんが、いまのところ作る必要はありません。というのも、ここでは牡羊座、天秤座ともに、はじまったばかりのサインの足場を作ることに重要なテーマがあるからです。
ほかの活動宮も参考にしましょう。山羊座の4度は、”大きなカヌーへ乗り込む一団”で、天秤座のキャンプファイアと同じく、意をともにする人が、一緒に何かしようと計画しています。天秤座のキャンプファイアの周囲は暗闇であるように、カヌーの周囲は、深い海で、このカヌーに乗る人々の間での意志疎通は非常に緊密です。蟹座の4度は”ネズミと議論する猫”で、個人としての自我の力が無力化されつつある人は、自分の主張に自信が持てず、それはたんに気が弱いと考えるべきではなく、むしろ相手の意志を受け入れる体制になりつつあるのです。蟹座においては個人の意志は限りなく弱くならなければならないために、ネズミに対して言い訳する猫という逆転が置きやすくなります。これは天秤座、山羊座、牡羊座においても同一な面があり、仲間の意志に対して、自分の優位性を主張することは、この4度ではほとんどありません。
△進行天体がここにある時
親密な関係の相手が出てきて、仲間の輪ができます。この仲間の輪に支えられて、自分の人生が安定してくるような確信があります。相手の主張があたかも自分の心のような気がして、親身に感じます。交流に時間を使ったほうがいい時期なので、常識はずれだと思っても、頻繁に話をしたい時には、するほうがいいでしょう。--------------------------------------------------
ファイル添付:
You must be logged in to view attached files.まりなちゃん
>顕在意識のロジックでは理解不能でも、既にアカシックで分かっていたパターンを初体験しました。楽しい。
そうそう、これこれ。
この体験は深堀して角度からいじくり回さないと現れてこないので、めっちゃ楽しいのですよー昨日はこの動画を見つけて、流石のシュタイナーを実感しました。
今後の予測も立ちやすいなと思ったのでシェアします。
(デンば環境悪いから見れるかな?)シュタイナーは理解できる弟子10人たちに本を書いていたそうです。そもそも霊的世界を言語表現することに無理があるものを書いていたので、それでなくても難解本で理解できなかった私。こんな若手のYouTuberさんが説明してくれていたので嬉しくなりました。
きよみちゃん
何ともスッキリ太陽理解に繋がった気がしました。正装して行進している将校たち
サビアからn太陽アスペクトの木星土星も伝わるのは、まさにまさにですねー -
投稿者投稿
